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思考を巡らせて

人文の大学生が身の回りのことをてきとーに書くブログ

本、珈琲館、煙草

タイトルの通りだ。今日の私の一日はこれだと思う。証明写真も入ってくるかもしれないが、、、。しかしまぁいつから私はこんな生活を好きになってしまったんだろうか。学生以前の自分といえばヘラヘラと笑い、考えることといえば楽しい事、楽しい事、楽しい事、楽しい事、楽しい事。絵に描いたような馬鹿である。しかも最悪なことに、その7割が人を馬鹿にしていた。今思い出すと、友達と一緒にやっているとなんとなく楽しかったんだと思う。つくづく憐れな人間である。程度の問題とはいえそんなことが二十歳を過ぎてからも続いているのだから、仕方がない。一体何を考えているんだろうか。私はそう考えている内にふと疑問に思う。あれ、なんで人を馬鹿にすることが楽しい事に繋がるんだろう。見下し?嫉妬?それとも本当に面白いのか。少なくとも20年以上生きてきているのに、自分が行っている行為の根っこが分からない。よく日常生活で起こりうることかもしれないが、たぶん私達はそういうことを考えて生きてはいないのだ。でもそうしたら反射的やほとんどそれと近いような感覚でやっているのだろうか。謎だ。本当にそうなのだろうか。ある友人は明確に自分が行った行為に対しその理由を述べていた。しかし彼ががそのように意思したことに複数の意思が内在ないし交叉、混在してしまうということはないのだろうか。私は専門家ではないし、こういった今であるならば科学的な内容を長々と論じるつもりは全くないから、とりあえず謎であるまま終わらせる。

 全くタイトルと違う内容になってしまった。今日も何事もなく、ESに書くための読書をしていた。今日の収穫は新しい喫茶店を見つけたことだ。私がこの町に住み始めてから決まった2、3店舗の喫茶店にしか訪れなかったのだが、今日はなんとなく散策してみた。してみると非常に面白みがあった。なぜならば、その店が自分の家から3分ぐらいの近場であったことだ。しかも普段素通りしている場所でその場所にそんなものがあるとは思わないような、まるで秘密基地だった。その店は地下に潜っていくのだが、中に入り見渡すと、ガラガラの席にカフェのキャパとしてはかなり広い面積、そしてふわふわのソファー、どれも私にとっては新鮮だった。灯台下暗しとはまさにこのことで、なぜ気づかなかったのだろうか。地下に潜るということと、ヴィンテージ内装、とってもいい。弁解しておくと、ミーハーではない(笑)単にそのように私が思っただけなのだ。あ、この私が思うという意思の理由も本当のところわからないのかもしれない(笑)